un bout d'hier 73 ~ le premier octobre 2004
強者の論理 5
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強者の論理 5
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どんな人も楽ではない、ということは、頑張って、努力をして、ようやくいまの自分の姿がある、と感じている、ということでもある。つまり、自分を本来的に弱いものとして捉えている、強者ではない、と捉えているということになる。
 以前僕のホームページで、「東京の悪口をいう人がよくいるが、ほんとにそう思うんだったら東京から出て行けばいい」と書いていた人がいて、そういう理屈はおかしい、と咄嗟に僕は思ったのだが、この僕の反応は、僕がここ数年「この国はおかしい」と思っていることとじつは関係していて、いまこの国には、そういうことをいうと「ほんとにそう思うなら日本から出て行けばいいじゃないか。そんなこともできないくせに!」といわれそうな空気がある。だからこそ、僕はこの国はいまおかしい、と思っているわけだが、それでは批判を許さない、全体主義のようなことになってしまう。
 ひとつには今この国の人たちがそれだけ心の余裕を失っている、追いつめられていることの表れでもあるだろう。「せっかく俺が頑張ってこうしてこの国で生きているのに、ほんとうに嫌なことをいうやつだ」というような気持ちだろうか。
 前回のエッセイ集『犬、猫』を読んだある知人が僕に「お前、結構いいたいこといってるぜ」と、それをちゃんと自覚しているのか、そしてそれはやや、どうなのか、という風情でいったのだが、しかし、物書きが自分のいいたいことを書くのはあたりまえの話だろう。物書きがいいたいことを書かなかったら、それこそどんな価値もないかもしれない。
 ともかく僕は、東京がほんとに嫌で、でもいろいろな都合でやむなく東京に住んでいる人もたくさんいるのだから、というあたりまえの話をして、それではうるさい、黙れ、というようなことになるし、それは強者の論理だと思う、とコメントした。
 すると、私はぜんぜん強者なんかじゃないんですけれどどうでしょう、という反応があった。
 なるほどなぁ、と思った。
 強者の論理を展開する人が、必ずしも強者ではない。少なくとも、自分を強者だと見なしていることは、むしろ、ない。このあたりが難しい、捉えにくいところだろう。

たとえば、これを学校の例に置きかえて考えてみると、話が多少簡単になるかもしれない。
 教科書を1度も見たこともなく授業中に起きていたこともなく、毎回テストは満点、という人はまずいないから、どんな生徒も自分なりに試験の準備をする。だからいい点を取る優等生は、テストの点が悪いのは勉強しない者が悪い、と大抵自然に考えている。ここでもまた、自分は強者ではない、という意識を起点にして、強者の論理が生まれている。

・・・a suivre


『犬、猫』こと『ミラノの犬、バルセローナの猫』はこちらでget.

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