un bout d'hier 67 ~ le vingt-trois aout 2004
強者の論理 2
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強者の論理 2

 いや、腹が立つ、といっても、それはほんとうに些細なこと、ふつうだれも目くじらを立てたりはしないところに違いない。しかし僕は、これを読んで、ほんとうに腹が立った。曰く、
「ハーブはあくまでフレッシュでなければハーブには非ず、乾燥ハーブなんかを入れることは愚の骨頂、料理をまずくするだけだから、そんなばかなことをするくらいなら、何も入れないほうがはるかにマシである」
 なるほど、と思う人もいるかもしれない。いっていること自体は間違っていないかもしれない。だけど僕はこういういい草は許せない。
 いったい人が料理をするというのはどういう気持ちだろうか。それも、わざわざ料理の本を読んでまで。会社や学校に通ったり、忙しい日々のなかで、何かちょっとおいしいものを食べてみたい、手間がかかってもいいから。そういう気持ちだろう。そういえば、こういうハーブがあったな。あれを入れたら、この料理はもっとおいしくなるかなぁ。ハーブを育てたいけど、いくらヨーロッパでは雑草でも、日本では失敗もするし手も掛かるし、そうだ、乾燥ハーブを入れてみよう…。確かに乾燥ハーブの味は、かの本の著者には認めがたいものなのかもしれない。どこまでキッパリ否定しても、しすぎるということはないものなのかもしれない。けれど、日々の暮らしのなか、せめて乾燥ハーブでも入れてみよう、おいしくなるかもしれないぞ、とふと思う人の小さな気持ちが、どれほど愛おしいか。どうしてそういう人の気持ちを、自分の主義主張の表明のために徹底的に踏みつけにしなくてはならないのか。どうして「ハーブはフレッシュのほうがいいですよ。とりあえず乾燥ハーブを入れてみるのもいいけど、それで済ませてはほんとのおいしさは判らないから残念です。乾燥ハーブとは味が違いますから、ぜひともフレッシュを試してみてください」くらいのことにできないのか。それで十分ではないか。この著者から見ればばかげた行為でしかないとしても、人が料理の本を読むのも、彼の主義主張に耳を傾けてくれるとしたらそれだって、そのおおもとは全て、乾燥ハーブでも入れてみたらちょっとでもおいしくならないかな、なったらいいなぁ、という、そんな小さな気持ちにこそあるんじゃないか。こう僕は思ったのである。

 僕がそこまで反発したのは、また、これが強者の論理だ、と思ったからでもある。
 強者の論理。日本ではよく使われることばだが、実際には、それはどういうものか。意外にこれは、一筋縄では捉えにくいことのように思える。
 また僕はそれを、ただの常識として、穏当なひとりの大人として、ということではなくて、このようにかなり激しく退けるものなのだが、それはなぜか。
 今回のシリーズでは、このあたりについて上手く説明できるか、いち度やってみようと思う。僕にはこれは、かなり肝心の問題、自分のさまざまな表層というか、現象を説明する上で、かなり本質的な問題のように思える。

・・・a suivre

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