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バハマといえば、小説家ではやはりヘミングウェイが思い起こされるところだろう。『海流の中の島々』 の「ビミニ」、だ。ヘミングウェイといえば海、というイメージもあるようだが、作品としては実際には、他になにがあげられるだろうか? それ以上にこの作家と海の関連性を本の中に求めるなら、評伝『ヘミングウェイ キューバの日々』などをあたるしかないかもしれない。しかし「ビミニ」は僕も大好きな小説で、海辺の日々を描いたものとしては、けっしてはずせない一作だろう。
 バハマに行ったよりさらに以前のことになるが、アメリカ、フロリダ・キーズ、キー・ウェストにも行ってみたことがある。7マイルズ・ブリッジという、例の南のうつくしい海の上に架けられた長大な高速道路をいち度どんなものなのか、走ってみたかったというのが主な動機だったが、キー・ウェストはまた作家の島でもある。実際に行ってみると、さすがにいいテンションでことばががんがんでてきて、なるほどなぁ、と思った。ここで取ったメモをもとに「アップル・オヴ・マイ・アイ」という中篇を書いたが、1カ月という、僕としてはすばやく書けたことでは3本の指に入るくらいのスピードで仕上がった。7マイルズ・ブリッジも含め、あの辺の風景も少しいろいろ書いているので、そのあたり、よければ読んでみてほしいな、と思う。ようやく今年、単行本にも収録できたので(『ポケットの中のハピネス』)。
 そのキー・ウェストの作家たちのなかで、もちろんいちばん有名なのがヘミングウェイだ。ここもまた、ヘミングウェイの島なのだ。もう断るまでもなさそうだけど、ヘミングウェイは比較的、僕には大切な作家であったことはないが、根がミーハーなもので、スラッピー・ジョーズ・バーへ行ってストレート・ダイキリも飲んでみたし、ヘミングウェイ・ホームへも行ってみた。
 このキー・ウェストのヘミングウェイ・ホームは、例の小ぢんまりしたすてきなプールや階段の両脇の書架のあたりなど、雑誌などに写真が載っていることもしばしばなように思うので、記憶のあるひとも多いかもしれない。海からは少し離れているが、なんとも理想的というか、パーフェクトというか、絵に描いたような海辺の暮らしを偲ばせる居宅のようにも思え、海が好きなひとなら羨望を覚えずにはいないだろう。そしてそれだけでなく、猫が好きなひとにも、あそこは絶対に訪れる価値がある。これも有名なことだが、この島の家はまた、猫たちの家でもあるからだ。
 ほんとうに、驚くほどたくさんの猫がいる。緑の敷地の中のいたるところに、もう、どちらを向いても、視界の中に近く遠く、何匹もの猫が目に入らないことはない、というふうで、ヘミングウェイ家で飼われていた猫の子孫がここまで増えたということだが、みんな大きな洋猫、というのもアメリカだから妙というかあたりまえだが、雑種だけどヒマラヤンのような長毛のものもけっこういる。日本のノラだと珍しいだろう。いや、ヘミングウェイ・ホームの猫はもちろん飼われているわけだが、室内にいるわけではなく、所謂外猫で、かなりノラに近い、たくましい(?)イメージもある。とはいってもほんとうに人に馴れている猫たちで、近づいてもまったく気にしない。
 とにかく殆んど猫が好きなひとだったら「わーっ」と喜んで駆け出しそうな勢いな光景が目に浮かぶだろう。独自のかたちで猫好きである僕の場合も、「やあ、やあ」「おい、おい」と、声をかけるだけでもおおごとである。
 そのうちに、あまりにも人に馴れているもので、さすがの僕も声をかけるだけでなく、この際ちょっと抱いてみよう思った。あそこに行くと猫が好きならみんなそう思うんじゃないだろうか。それで、意を決してよいしょと抱いてみると――それはほんとに大きな太った猫たちだから――案の定、「なんだ、なんだ?」とちょっと不審そうな顔をするだけでとくに嫌がるふうもない。
 ところが気がつくと、他のアメリカ人観光客たちはみんな、猫の前にしゃがみこんだりしているところを見ると猫好きなのだろうが、だれも抱いたりはしない。ただ少し撫でたり、話しかけたりするだけでいる。ちょっと日本人だと考えられないというか、だって猫が好きなんだし、ほんとうに人に馴れている猫たちだし…。西洋人は子どもでも、首がすわればあまり抱いたりはせず、まだことばが判らなくても椅子に座らせて話しかける、というような話もきいたことがあるが、そういうことをふと思い出した。相手の人格というかこの場合猫格というか、個人の尊厳みたいなものを重くとる個人主義のようなところが対・猫にも反映しているのかもしれない 。それこそ猫かわいがりではなくて(猫なのに!)対等扱いをする、というか。
 そこで僕も、珍しい機会なので少し残念だったが、抱くのは止めて地面におろしてやることにした。そして、「なんや、なんや?」とおろされた、その大きな猫の前に屈みこみ、いつものように、やあやあといいながら、指先で額を撫でたのだった。

(c) 2002 yuichi hiranaka  

表紙画像ミラノの犬、バルセローナの猫
le chien à milan, le chat à barcelone
平中悠一

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