un bout d'hier 89 ~ le vingt-sept mars 2005
en blanc et noir 4

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白と黒で2005 4e 下手な演奏で感動する、ということ。
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妙なことをいい出すようだが、僕は下手な演奏を聴いてむしろ感動する、ということがあると経験的に思っている。
高校2年の時だったが、できるだけたくさんのコンサートに行ってみることにしたことがあった。心がけとしては「毎晩でも行く!」というつもりだったが、そうすると当然財力もなく、結果的には安いチケットのもの、友達が教わっている先生のお弟子さんの発表会みたいなものにもどんどん行ったし、楽屋口から侵入!という悪事にもそれなりに挑戦してみた(お薦めしません)。
このお弟子さんたち、音大の受験生からせいぜいセミ・プロの彼ら演奏を聴いていて、不意に、意外にもものすごく感動することが、ある。ひとつにはこれは、こちらが低いレヴェルの音楽ファンであって、彼らの演奏の中にある苦労というのがとても身近に感じられ、共感する、その音楽性のなかに、ふだんレコードで聴いている巨匠たちの演奏より、はるかに自分自身に近いものが感じられる、そんな部分があるからだと思う。
たとえば彼らが苦労して弾く。ややぎくしゃくと弾く。あるいはつっかえながら弾く。そうすると、レコードの名人たちがするすると弾いている演奏の中ではふだん目立たないような音楽の部分が結果的に立ち現れる、ということがある。それがたとえば僕自身がこの自分の低い音楽性で、譜面を読んでいたり遊び弾きしてみたりする中でどこか馴染みのある音楽、「そう、そう、そうだよね!」と思える、そんな音楽が不意にそこに見出される、そういうことがあるようだ。
だいたい彼らが弾く曲の殆んどはクラシックのマスターピースなのだから、どんな一部分を取りだしてもたいてい何らかの面白さや美しさがそこにはある。また、そういうクラシックの曲というのはもう、とにかく曲自体がほんとうにずばぬけて素晴らしいので、再現者の技倆というより、その楽曲自体の力で十分感動できるものがある。プロが弾くと、その楽曲の素晴らしさに演奏者の力が上乗せされるということになり、どこまでがどちらの力なのか、見分けることは難しいし無意味だろうが、やや屈折した見方かもしれないけれど、あまり巧くない演奏をふと聴くと、その曲自体の素晴らしさに直接触れたような思いがして、不思議な、素朴な感動におそわれることがある。
やや違う例だが、同じ高校の頃、ブラスバンドの演奏する「展覧会の絵」を聴きに行った時もそうだった。これは下手な演奏というわけではないが、ふだんさんざんラヴェルによるあのものすごいオーケストラ版を聴いているのだから、そこから弦がなくなるぶん表現力が減じても当然のブラスバンドの演奏に魅力があるとはとても思えず、かなりハスに構えて客席に着いたのだが、終曲「キエフの大門」に至って、図らずも席から立てないくらい感動してしまい、ほんとうに自分でもびっくりした。
これも楽曲そのものの素晴らしさに直に触れたような気持ちのした経験だったが、だいたいクラシックでポピュラーな作品、それこそ所謂ホーム・クラシックと呼ばれるようなものは曲自身が、もうほんとうにだれが聴いてもいい曲であって、また殆んどだれが弾いてもいい曲でもある。音大生どころか、極端にいえばそのへんのふつうの高校生が弾いても感動することがあるだろう。

...a suivre

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