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白と黒で2005 3e 歌の上手いおじさん。
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ボチェッリがはたしてクラシックの音楽家なのか、という疑問も確かにあるかもしれない。しかし単純にレパトワでみれば、大ヒットの余勢をかってオペラの全曲版だってしっかり録音している。そういえば以前「音楽の友」系の雑誌にボチェッリについてこう書いていた方があって非常に感心したのだが、曰く、
「ボチェッリは瞬間的に偉大なテノールを彷彿とさせる」
いや、じつにすばらしい。適切かつ十分で、しかもポジティヴ。プロの物書きであるからにはやはりこのくらいのイイコトをぜひ書いてみたいものである。
残念ながらそんな冴えやブラヴーラは何もなく、比較するとなんだか厭になるのだが、僕のボチェッリに対する評価はごく素朴に“歌の上手いおじさん”というものだった。
うーん、あまりにナイーヴないい草だがしかし、ボチェッリを聴いて僕がいちばん実感したことは逆に所謂従来のオペラ歌手、それもタイトル・ロールを歌うくらいの人ともなれば、彼らの歌というのは、ほんとうに端から端まで驚くほどコントロールされているのだなぁ、ということだった。もちろんボチェッリだってふつうの意味ではずいぶんよく歌を歌う人だろう。しかしそれは“歌の上手いおじさん”ということであって、所謂オペラ歌手というのはもっと全然違うレヴェルで歌を歌っている。ただ単にレコーディングを聴いていると、とくに名盤と呼ばれるものばかりを聴いていればいるほど、そこに収められた歌はあまりにも当然のことように聴こえてしまう場合も多い。時としてなんの危なげもなく楽々と歌われているとばかり思えるのだが、これが実はいかにとんでもないことか。その彼らの自由がどれほどたいへんなコントロールの上に成り立つものか。ボチェッリを聴けば僕のようなカジュアルな音楽ファンにもそれが手にとるように判る。これはたとえば、それこそ彼のプッチーニの全曲版、ああいうのを聴けばもう、だれの耳にもあきらかだろうから、そういう意味で、あれらのレコーディングは十分に一聴の価値がある。
ただ、これは録音でにしろたいへん立派なオペラの演唱というものがどういうものかを予め知っていてはじめて感じる部分ではあるだろう。基本的なオペラ経験のない人は、ああいうボチェッリの演唱を聴いてもそんなことはとくに感じず、ふつうに感動し、むしろオペラ音楽の素晴らしさを発見するということだってあるかもしれない。そうなれば、それはそれでうんと結構なことだろう。
...a suivre
ボチェッリ版トスカ全曲!
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