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フィリピン見たままありのまま 諸島、地方編 | ||||||||||||
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SAFETY FIRST??(マトゥノグにて) ![]() タクロバン到着!! ![]() I have returned!! ![]() ![]() 結構決まってる!?ロコサーファー(タナウアン) ![]() タナウアンビーチ ![]() ドゥラグビーチ ![]() アンティポロの市場 ![]() プールでハイ ポーズ! ![]() コテージにて、飲んで食って唄って大はしゃぎ ![]() アンティポロ市街 ![]() バンカーボート ![]() ボラカイ島ホワイトビーチ ![]() カリボ空港(パナイ島) |
2005年10月、ビサヤ諸島は、レイテ島へ行きました。メトロマニラのパサイシティからPHILTRANCOの長距離バスで約24時間、5日間のレイテ滞在記をご紹介。 パサイシティを2時に出発・・・の予定が2時間半の遅れでバスが動き出したのが4時半、いきなりのフィリピンタイムに苦笑い。代金はエアコンバスでP1175(約2400円)。途中ルソン島最南端のマトゥノグまで約14時間、トイレ休憩を含む5、6回の休憩あり。各休憩所にはトイレは勿論、軽食堂もある。日本の高速のドライブインと違って飲み物、食べ物はすべて現地価格で安い。しかもマニラから離れるほどに安くなっていく傾向にあるよう。 ルーガウ(lugaw)に舌鼓 深夜、早朝に止まった休憩所でフィリピン風お粥ルーガウを食べる。鶏ガラとショウガ、塩味のみで味付けられたシンプルなお粥で見た目、味共に日本のものと全く同じ。中に茹でた鳥の足やゆで卵を入れてもらい、あげニンニクのスライスをのせ、カラマンシーを好みでしぼって食べる。あっさりしていて深夜食、早朝の食事にはうってつけ。 今年初めての・・・ 深夜の車中でもFMラジオからは音楽が、さすがに深夜になればヴォリュームは控えめになる。12時を少し回った頃クリスマスソング特集がオンエア。えーっまだ10月半ばやでー!?車中ではオンエアに合わせて鼻歌を歌いだすひとがちらほら・・・さすが世界一長いクリスマスの国と称されるお国柄。今年初めてのクリスマスソングを10月にしかも深夜でも30度近い熱帯のフィリピンで聴こうとは・・・・。 フェリーでサマール島最北端アレンへ 日本でもニュース報道等により悪評の高いフィリピンのフェリー。少しドキドキしたが約1時間の狭い海峡、乗り込む乗客、積み込まれる車両の数も少なく、定員オーバーで転覆・・・なんて心配はなさそうと一安心。入口の赤で書かれたSAFETY+FIRSTの文字が眩しくありました(笑) のどかすぎるサマール島 サマール島をバスで通過中、Barmanは暖かい日差しと適当に効いているエアコンのため、終始うつらうつら、時折目覚めて外を見ると山であれ海であれ、港であれ、どこまでものどかな情景が広がるばかりであった。 遂にレイテ島到着!! タクロバン郊外のバスターミナルに着いたのは翌日の4時。ダウンタウンまでジプニーで10分くらい。適当にホテルを見つけ、早速街中へ。 タクシーが無い レイテ島にはタクシーが無い。州都タクロバンは言うに及ばず、オルモックシティでも、その他の町でも四輪のタクシーというものが全く走っていない。そのかわり、バイクの横にサイドカーをつけたトライシクルがクモの巣をつついたようにそこら中を走り回っている。大体10〜20ペソくらい。 車掌付きジプニー?? レイテ島のジプニーは、マニラで見るのと同じスタイルの物と、日本の軽トラックの荷台を改造したものが走っている。マニラ型の物には半分くらいに車掌が乗っている。お金も車掌に渡すスタイルだし、大きな荷物の客の積み込みの手伝いもしてくれ、大変便利。 タクロバンシティ マニラより緯度が低いせいか、気温はマニラより高い。しかしスモッグに覆われていない分、心地よく感じられる。 町の花屋には何故か白や黄色の菊の花が・・・日本人であり、また過去の歴史を知っているBarmanが見ると、特別な意味を見いだしたくなってしまうのだが、深い意味はなさそう。それにしても常夏のレイテ島でまさか菊の花を見るとは思っても見なかった。 島内観光は翌日からにして、とりあえずマリア観音を見に行った。レイテ湾に面した美しい庭園の中に建立されている。ハイスクール帰りの女の子達が観音の石段に腰を下ろし、おしゃべりしていたり、若いカップルが芝生に座りおやつを食べたり、本を読んだりしている。戦争の悲惨さを訴え、平和を祈念する観音像はまるで絵に描いたような平和でのどかな空気の中にひっそりと佇んでいた。 パロ〜タナウアン〜ドゥラグ(レイテ島東海岸)へ 翌日、バスターミナル沿いの市場で軽く朝食をとりジプニーでパロの町ヘ。そこからトライシクルで10分ほど海の方に行くと、マッカーサーランディングメモリアルがある。ビーチ沿いにしつらえられた彫像は金ぴかで、6人の幕僚を従えたマッカーサーが遠浅の浜辺を上陸せんとするシーンを再現している。像のすぐ後ろは本物のパロビーチ。地元の子供達が水遊びをしているだけでなにもない静かな浜辺である。 大通りにもどり再びジプニーでタナウアンへ。パロと同じような静かな町で,市場の食堂でお昼を食べる。街中から歩いて5分ほどでビーチに出る。パロで見たのと同じ遠浅で美しいしずかな海が広がる。高校生くらいの男の子達が手製のボードでサーフィンをしている。沖まで出てパドリングして・・・なんて本格的なものではなく、ただ砂浜に寄せてくる波に乗って2,30メートル滑って行くだけ、それでもいざ波に向かって走り出すときの彼らの表情は真剣そのもの。上手く波に乗れてキマった時には誇らしげな笑みを浮かべながら帰ってくる。聴こえてくるのは波の音と彼らの歓声と遠くジプニーのエンジン音だけ。ここもまたあまりにものどかすぎる静かなビーチであった。 タナウアンから海沿いに更に南へ20分くらい下るとドゥラグの町に出る。ココもまたパロ、タナウアンと同じく静かな町だが、それらよりも幾分規模の大きな町のよう(パロが人口約1万人とすればドゥラグは約2万人といったところか?)。中心部から海へ向かう途中に太平洋戦争の各国の慰霊碑が立ち並ぶ30メートル四方くらいの庭園に出くわす。アメリカ軍のもの、フィリピン人のものが大半を占めるが、その中に一つ、日本人による慰霊碑も建てられていた。建立者は「京都(垣)兵団遺族・生存者」とある。レイテに着いて丸二日。いたるところで"1944.OCT.20"の刻印を見る事が出来る。島民にとってこの日はフィリピンの独立記念日(6月12日)にも匹敵するほど重要な意味をもつ日なのだ。さてそこからビーチに出てみるとココは漁師町らしい。砂浜には数多くの色とりどりのバンカーボートがあり、手前の林には魚を捕る網が干してある。しかしその風情はこれまで見てきたのと変わらぬ静かできれいな遠浅の海である。パロ、タナウアンよりも砂の色が白いので全体の雰囲気がより明るく感じられ、海のエメラルド色も若干はっきりとしたグリーンに映った。 ココまで海岸沿いの町を散策してきたが、道中で見る美しく静かな浜辺を見ながら60年前この海を暗灰色の軍艦が埋め尽くし、艦砲射撃で砂浜や背後の地面に大穴があき、木々が燃え盛り、その陸地を銃を構えた兵隊が跋扈しているところを思い浮かべようとしてみたが、どうもうまくいかない。やはりマガンダな女性と波打ち際でいつまでも戯れているシーンの方が断然よく似合うのである。ココで争い事を思い浮かべる方が無理なのである。だが現実にこの地が戦場となり、目の前で軍人民間人含め多くの殺戮が行われた記憶を持たされている地元の人々の素朴な笑みに出会うたび、日本人Barmanは心が重くなるのであった。 ブラウエン〜ダガミ〜西海岸へ 現在推敲中です。しばらくお待ちください。 アンティポロへ総勢30名!! マニラの友達の家に毎日の様に遊びに行くうち、そこの家族たちとどっか遊びに行こうという事になり、マニラから車で1時間のアンティポロへ。メンバーは友達とそのnanay(お母さん)、彼のanak(息子)、彼のkapatid(兄弟)とそれぞれのanak達、とりあえずそれで大体20人位。加えてそこのbalangay captain(町内会長)(フィリピンでは大都市でもbarangay(町内会組織)が現役で機能している)、近所の子供達合わせて約10人。老若男女あわせて30名の日帰り旅行と相成りました。さてその顛末は・・・ 予算総額10,000peso也!! 出発に当たりまずは食事の準備から。現地ではプール付きコテージを借り切るだけの予定なのでマニラで食べ物は調達して行くことに。アドボ、パンシット、焼き魚、メヌード等のおかずを作り、現地でバーベキューにするロンガニーサ(フィリピン風ソーセージ)、鶏肉、豚肉等も大量買い付け。勿論アルコール類もウイスキー、ビール等。そしてフィリピン人の"命の水?"コカコーラ。アイスティー等これだけそろえて食費合計2000peso(4000円)也。 お次はコテージの貸し料。小学生以上は大人とカウントされるらしく、大人20人、子供10人の計算で3,900peso(7800円)也。レシートを後で見ると、小計は間違ってるのにトータルは合っていた。流石は不思議の国!!本領発揮してくれてます。 最後は移動の交通手段。ジプニーをドライバー共々借り切って3000peso(6000円)。後でドライバー君のanak2人も参加。 そのほかにカラオケ代(一曲5peso)相当数と、ako(僕)の海パン代(130peso),チップ等雑費1000peso(2000円)也。 フィリピンの地酒トゥバ 持っていった飲み物の中に友達のnanayが作ったトゥバというお酒があった。ココナッツのワインということで、ココナッツを発酵させて作ったものらしい。話には聴いていたが実際飲むのは初めて。うっすらと赤い液体で、アルコール度数は10〜15度位か?少し植物の繊維臭さがあるが、水で割るとしつこさは無く結構行ける。みんなコーラや水で割っていた。日本で言うなら梅酒の様な存在かも?ただ発酵させているようなので(ワインと言っていたので)製法的には焼酎に近いのかも知れないが。 やっぱりカラオケね ご陽気なお国柄のフィリピン。開放的なコテージで腹一杯飯食って酒飲んで、プールで泳いで、そこにカラオケセットがあったらもう歌うっきゃないでしょ?日本でもフィリピンパブの娘たちや、古くはディスコティックのフィリピンパンドで知られるようにみんな抜群に唄が上手い(中にはとんでもないのもいますが・・・(汗))。 それに、年を取った人でも割りと最近のヒット曲を知っているから、皆で盛り上がれる。確かに英語圏なので、所謂洋楽は皆お手の物(ここら辺が日本とは違うところだな?と変に感心した)ホイットニーヒューストンのバラードを歌いながら踊っているlolo(おばあちゃん)は微笑ましかった。 アクセス(ボラカイ島):マニラからは国内線でパナイ島へ、バンカーボートでボラカイ島へ渡る。フィリピン航空だとカリボ空港へ、Asian Spiritだとカティクラン空港へ。それぞれの空港からボラカイ島行きのバンカーボート乗り場へ。カリボからは船着き場までバスで2時間ほどかかるので、船着き場まで5分のカティクラン空港へ直行するAsian Spiritがおすすめ。船着き場からはバンカーボートで約20分。ホテルの名前を告げるとそこに一番近い桟橋につけてくれる。 マニラ市内の旅行代理店で手配出来る。日本から予約して行くより若干割安になる。何より、航空会社、ホテルなどのセレクトが豊富で自分の予算、予定にあった行程にアレンジ出来るのが良い。 旅行者(ボラカイ島):ヨーロッパ、アメリカからの客が多く、アジアからは韓国人に人気。お店やバーなどでは必ず"Are you Korean?"と聞かれる。セブ島と違い日本人が少ないのは直行便がないのが理由なのでは? ビーチ:延々と続くパウダーサンドのホワイトビーチ。大型船舶の行き来も無く、高層ホテルも建設されていない。旅行者をまかなう分の宿泊施設と飲食店、土産物屋が浜辺沿いに点在する程度で、日本で人気の他のリゾートと比べると拍子抜けするくらいのんびりしている。 パナイ島カリボ空港:フィリピンの地方空港はどこも小振りで、ここカリボ空港も日本の私鉄の駅舎ぐらいの大きさしかない。発券カウンターはまるで宝くじ売り場を想像させるほど簡素で、一度チェックインしても、待ち時間で外の屋台で土産物や、飲み物を買おうと外へ出ることも簡単。また、搭乗口も一つしか無く、待合室もひとつ。 ここで僕はちょっとしたパニックに陥った。それはこうである。チケッティング、手荷物検査をすませ待合室へ、しかしそこには滑走路への出口となる扉が一つだけ、その扉の前にはセブパシフィック用の搭乗カウンターがあるだけ。フィリピン航空に乗るための搭乗口はどこにあるのか?どこを探しても見つからない。ボーディングタイムまで1時間ぐらいあるのだがさすがにあせってくる。だが同じようにフィリピン航空のチケットを持っているフィリピン人はのんびり備え付けのテレビを見ている。そんなにのんびりしてて大丈夫なのかな?一体どこから乗り込むのだろう?と思っているとやがてセブパシフィックの機体が飛び立ち、その謎が解けた。 カリボ空港はフィリピン航空、セブパシフィックの二つの航空会社のみ乗り入れていて、セブパシフィックの搭乗が終わるまでは滑走路への出口付近にはセブパシフィック用の搭乗カウンターがあるが、離陸後そのカウンターは台車に乗せられて撤去され、新たにフィリピン航空用の搭乗カウンターが台車に乗って登場するというまるで8時だよ全員集合のコントの舞台チェンジのようなシステムになっていたのである。その際、セブパシフィックの係員も台車と共に下手へ退場、新たにフィリピン航空の制服を着た職員が上手から登場するのである。結構笑える一コマである。 |
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