8年ぶりのピクニック
  DOWN ALONG THE STREAM WITH MY BIKE


 街にはいつも涼やかな風が吹いていた。海から山へ。山から海へ。
 街には様々な音が溢れていた。
 山手を走る市電の音。それは高校まで僕の通学手段だった。
 そして国電の音。よく自転車でそこまで降りてって、遠くの街のプレートのついた貨物列車をぼんやり眺めていたものだ。踏み切り脇の草のにおいをかぎながら。
 大きなゴシック式の教会のカリヨンの音。随分と音程がはずれている。
 女子校のカレッジのベルの音。
 そして、曇った朝には船の霧笛。
 街は海に向かって開かれていた。川沿いに、山の端の夕映えをみつめながら歩いている時は勿論、住宅街の中、どこかの小路を歩いていても、ああ、あちらの緑の山を背に向けてこのまま幾キロか歩いたらば、そこには海があるんだ。そう思うことができた。そのことは僕を何かしらほっとさせた。僕は閉じこめられてはいないんだ。そんな気がした。それはきっと山から海への勾配のおかげかもしれない。そしてその勾配は、街を吹き抜ける風を生む。海風と山風を。季節につれて山から海へ、海から山へと流れる風はすべてをすっきりと洗っていた。
 そう。街ではすべてがけざやかに天然色だった。吹き抜けて行く海風と山風とにすっきりと洗われて、何もかもがきらきらとかがやいていた。音も、言葉も、女のコたちも。
(……以下、続く)
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