街にはいつも涼やかな風が吹いていた。海から山へ。山から海へ。
街には様々な音が溢れていた。
山手を走る市電の音。それは高校まで僕の通学手段だった。
そして国電の音。よく自転車でそこまで降りてって、遠くの街のプレートのついた貨物列車をぼんやり眺めていたものだ。踏み切り脇の草のにおいをかぎながら。
大きなゴシック式の教会のカリヨンの音。随分と音程がはずれている。
女子校のカレッジのベルの音。
そして、曇った朝には船の霧笛。
街は海に向かって開かれていた。川沿いに、山の端の夕映えをみつめながら歩いている時は勿論、住宅街の中、どこかの小路を歩いていても、ああ、あちらの緑の山を背に向けてこのまま幾キロか歩いたらば、そこには海があるんだ。そう思うことができた。そのことは僕を何かしらほっとさせた。僕は閉じこめられてはいないんだ。そんな気がした。それはきっと山から海への勾配のおかげかもしれない。そしてその勾配は、街を吹き抜ける風を生む。海風と山風を。季節につれて山から海へ、海から山へと流れる風はすべてをすっきりと洗っていた。
そう。街ではすべてがけざやかに天然色だった。吹き抜けて行く海風と山風とにすっきりと洗われて、何もかもがきらきらとかがやいていた。音も、言葉も、女のコたちも。
(……以下、続く)