un bout d'hier 84 ~ le vingt-trois janvier 2005
le journal。9

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現実主義は賢明か

こういわれるとどう思うだろうか?「韓国は歴史的に植民地時代、戦後6-70年代の軍事政権、高麗時代の一部といったごく例外的な短い期間を除き文人によって統治されてきた。一方日本は早くから軍人(武士)によって統治されてきた。したがって韓国は文化を重んじる文の国で、日本は力を重んじる武の国だ」…どうもこれが韓国人の常識的な両国観のようだ。しかし僕らの実感からいうと、これはかなりピントはずれにも思えるのではないか。武の国どころか、なによりも争いごとを好まない和の国、それが日本人の日本人観だろう。だいたい武士といっても江戸以降は現実の戦争は抑え込まれ、かなり官僚化していたのではないか、と思うわけだ。だがこの文民による支配と軍人(武士)による支配の違いは両国の根本的な違いとしていまも大きな影響を残している、といわれている。
その説明として、韓国人は論理や思想、正当性を重んじるが、日本人は現実主義的だ、といった人がいる。そういわれてみれば確かにそうだ。僕らはたとえば政治家を選ぶ時、その人がどんなよからぬ人物であろうと、問題発言を連発しようと、結果として国をいい方向へ導いてくれればそれでいい、と考えるのではないか。いくら思想的に正しかろうと、現実に上手くいかなければ意味がない、それが政治だ…こういうのを何かさばけた、大人らしいよりもっともな考え方だ、と感じるのではないか。
しかし思想や正当性を重んじることにもいい面はある。たとえばある政策が上手くいかなくても、それがほんとうに正しければ、その効力はいつか現れ始めるはずだ。それが"正しい"ということだからだ。また、もし「これが正しい」と思ってある政策なり政治家を支持して、間違っていた、としよう。当然間違った人は自分の誤りを反省するだろう。
一方"さばけた"現実主義者はどうか? 彼がある政治家を支持したとして、もちろんそれは正しいと思ってのことではない。だから結果的に失敗したとしても「いってることはおかしいしロクなヤツじゃないと思ったが、現実的にはいちばん上手くやると思ったから支持してやったのに…失敗するなんて、ほんとに駄目なヤツだ!」ということにもなりかねない。これでは本気で反省のしようもない。つまり、誰も責任を持たないのだ。
この種の現実主義に値打ちがあるのは、それが現実に上手くいっている限りにおいて、だ。現実に上手くいかなければ、正しさも思想もなにも持ち合わせないこの現実主義は、文字どおりなんの価値もないものに、まったくの無一文に身を落としてしまう。上手くいっている時は自信満々だが、ひとたび失敗すればぺしゃんこになる。その自信の根拠は、ただ上手くいっている、ということ、それだけだからだ。こういう価値観に立って、たとえば長い人生を生きていくことが、個人にとってはたしてほんとに賢明なのだろうか、と思う。

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