un bout d'hier 78 ~ le vingt-quatre novembre 2004
CNN 3-2

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secular 2

さて、翻って日本はどうか。靖国参拝のことをいっているのだ。例によってこの際前の戦争との関連は一切問題にしないことにしよう。するとこれは、単なる、しかし立派な宗教施設だ。そこに国を代表する政治家がこぞって参詣する、この国は一体なんなのか。「私人として参拝しているのに何が悪いんだ。個人にそれぞれ思想信条信仰があるのはふつうじゃないか」「何をいっているんだ、このばかもの」というくらいの勢いなわけだが、だいたいそれは、どういう「ふつう」なのか。どこの世界の「ふつう」なのか。「何をいっているんだ、ふつう、というのは正しいことで、たとえ世界のなかでは特殊でもどこまでも正しいのだ、ばかもの!」といういことだろうか? だったらまだ世界の人には知られていないその正しいことが、どういうものでどう正しいのか、世界の人の納得のいくように隅から隅まで説明してもらいたい。ほんとにそれが正しいなら可能だろう。
 またそこに「思想信条信仰の自由」という概念を持ち出すなら、これは現代の民主主義世界と分かちがたい、つまりヨーロッパの歴史の所産の上に立った話になる。くり返しになるがそこには「政教分離」というものも分かちがたい一体として存在している。思想信条信仰の自由と政教分離というのはおなじコインの裏表、ひとつの体であって、心臓は要るけど肺は要らないよ、というように自分の都合のいいとこだけ好き勝手にちょきちょきちょんぎって、持ってかえってもかまわないのか。そんなもの、生きて動き続けるわけもなく、ホルモン鍋にして食うしかあるまい。
 少なくとも、第三者から見ればどう見えるか。首相がそれを「ふつうだ!」といい張って、時期を見計らうまでして執拗に宗教施設に通う国 というのは、キリスト教・イスラム教の原理主義と同種のもの、つまりエクストリームに原理主義的な非secularな宗教国家にも見えるだろう。見える、というか、宗教国家であるかないかは自覚の問題だけでなく他との比較の問題でもあるから、自分たちがどう思っていようと、現状この国は世界のなかで極端に宗教色の強い、他の原理主義政治勢力にも相通ずる特殊な国だということになる。で、それは、ちょっといかんのじゃないか、と僕は思う 。(その理由は次のパラ)
 このへんの宗教と政治の問題をアメリカ人ほども意識していない僕ら日本人は、もしアメリカがヨーロッパとは違う道を進もうとしているというなら、最初から別の宇宙、別の次元、パラレル・ワールドにいるようなものかもしれない。ブッシュのアメリカやイスラムのテロリストに僕らが不気味さを感じるとすれば、西側諸国のなかでそれ以上に底知れぬ、不気味で信用のならない国に日本はなっているのではないか。そんな気さえちょっとする。(いいのか、それで?)

・・・Fin

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