執筆中の新作長篇小説について。 ![[new!]](../../../image/new.gif)
仮タイトルは…『 Family Ties 〜 あの夏のバルカロール 』
現在 枚目を執筆中!(2007.2.21)
*小チャプターでいうと6チャプター目、大チャプターでいうと3/6チャプター目、ということになります。但し決定稿時点で現行のチャプター構成が維持できるかは不明(笑)
『たいへんご無沙汰しております。週のはじめ、パリ郊外の公園で梅をみました。もう春ですね。
さて、本来は渡仏前に完成するくらいのつもりだったこの長篇を抱えたままこちらへ来て、もう1年半が過ぎてしまいました。このあたりで、この小説について、少し紹介しておこうと思います。
この小説がなかなか先に進まないわけは、ひとつにはこちらで僕の念頭イメージ舞台・香蘆園(??)の小説を書く状態になかなか入れない、ということがまずあります(笑)
もうひとつは、この小説自体がいままで書いた中でもいちばん難しいものであるということ、あるいはこの小説自体が速く書かれることを一概に要求しないものだということです。
『ゴー・ゴー・ガールズ』で予定外に長篇というものを書いてしまった(!笑)あとで、そこで学んだことを実践するかたちで『ブルー』『みづき』というふたつの違った長篇を書きました。どちらも自分としては書き上げた時点では好きな小説でしたが、結果的に僕の小説としてはかなり本来的でない部分に力を注いだ2作だったのではないか、とも思います。
それは筋立ての明快さ、ということです。
もちろん筋立てということの面白さを否定はしませんが、僕がたとえば読者としていつもそれよりさらに心惹かれるのも、また僕が自分で小説を書こうと思い書き始めた僕自身の小説も、最初からそれとはむしろ違うところにいつも中心がありました。
だいたい筋の面白い小説というものはこの世に実は山のようにありますし(笑)僕としては、再び自分の基本に立ちかえって(『みづき』では主題の部分でそれができたのですが、逆にいえば、それは他の部分が基本とは違ったからできたわけですね)この際むしろ、積極的に筋立てというものを取り除いた小説が今度は書けないか、と思ったわけです。
同時に前2作の長篇では、とにかく読み易く、ということを自分なりに追求していったわけですが、これはやはり出版の状況が非常に大衆的なものとそれ以外に2極分解されてしまい、その上前者以外は商業的に完全に成立しなくなっている、という現状を僕の立場では無視はできない、思ったからです。そうすると、著者にできることは、簡単に読めて判りやすくてすぐ面白い!というような内容の部分での対応しかありませんから…。
これについても僕は『みづき』で一応納得がいったというか、あれ以上判りやすい小説は僕にはいまのところ書けません!(笑)
それに考えてみれば、いくら判りやすくて楽しく読める小説を書いたところで、小説の内容というのは読んでみないと判らないわけで、まず内容から大衆性を獲得しようというのは、このいまの洗練された(笑)社会システムのなかではあまりにムリがあるでしょう(笑)
そこで、読み易さということにはまたいずれ取り組むとして(笑)今回は、一度、読んで判りやすい、ということを一切考えず(!)とにかく自分の書きたいことを書きたいように、というところで書いてみることにしました(笑)
しかし、筋立てというものを極力排除して、読み易さにはこだわらずとにかく自分の書きたいところで書く、となると、これはなかなかどんどん先に書き進めていける小説ではなくなります。予想はしていましたが、予想以上でした(笑)
書くのが難しかったといえば、僕には『麗し』という中篇がまず思い出されるのですが、もちろん『ブルー』『みづき』も書くのが簡単だったとは思いませんし、どちらも途中で何度も「もうダメかも」と思ったわけですが(笑)むしろやはり『麗し』に近い難しさ、どちらかというと精神力とか集中力に関係するようなそれは難しさ、です(笑)しかも『麗し』は中篇だったからまだしも、今回は長篇ですので…。
(但し、全体枚数としては『みづき』よりさらに短くなると思います。なにしろ、筋立ての部分がないわけですから、当然その分短いし…(笑)本来短い小説からはじめた僕が『ゴー・ゴー』で極端に長いものを書いてしまったあとで『ブルー』『みづき』本作と、再び1作ずつ短いものに戻っていっている、ともいえるわけです…)
また、今回僕がやりたいと思っているもうひとつのことは、『ゴー・ゴー・ガールズ』のエンディング、実はあれのやり直し、ということです。『ゴー・ゴー・ガールズ』のエンディングのつっけんどんさは(笑)あの時点ではあれしか思いつかなかったし、それはそれでひとつのパターンとして面白い、と思ったわけですが、あとになって、あの小説はもう少し違ったかたちの、より広がりのあるエンディングにもできたのではないか、と思いました。それを今回はやってみたいと思っています。
けれどそのエンディングには、小説の構成自体、もっと違ったものがさらに相応しい、とも考えました。
構成、というならば、僕の文章は、いまは亡き金田太郎さんが「音楽的な文体」という批評/チャッチフレーズ(というのも金田さんは編集者でしたから)を下さって、実際に僕の文体がそういうものであるかどうかはともかくとしても、僕は音楽がほんとうに好きなので、とにかく非常に嬉しいこれは形容だったわけですが、今回は、その文体ということをさらに越えて、小説の構成そのものを音楽的にできないか、ということを考えています。
音楽的な文体、というのはまだイメージできても、音楽的な小説の構成、というのはちょっと想像しにくいと思います。それはもちろん、モデルがないからで、それがどういうことか、理屈で説明することは僕にはできませんが、逆に「ほら、こういうのが音楽的な構成を持つ小説だよ」といえるような小説を書いてみたい。これも今回の大テーマです。いや、むしろ野望ですね(笑)
『麗し』に似た難しさ、といいましたが、あの中篇が難しかったのは、ひとつにはまた、あの中篇が非常にプライヴェイトなものだったからでもあります。
そういう意味で、今回の長篇も、かなりプライヴェイトというか、殆んど僕としては実は初めての私小説といってもいいものに結果なるのではないか、と思います。
ここで僕は、地震の後、『ブルー』や『みづき』を書きながら過ごした、ワールド・トレーディング・センターのテロの前までの5年間、結局僕が日本を離れてみようと決める前までの状態を捉えることができれば、と思います。
結果それは内実として、服喪の小説、僕なりのレクイエムになると思うからです。
いまの段階でお話しできるのは、こんなことぐらいです。
とにかく僕としては、これは(これも?)越えて行かねばならぬ山ですので(笑)
先は決して短くないですが、少しでもよりよい小説になるように、少なくとも、そのうちの何ページかは、僕の生涯のうちでもっとも美しいページになるように、丁寧に、しかしのんびりしすぎず(笑)書き継いでいきたいと思います。
今年もパリで桜を見ます。
この小説をもし待って下さっている方がいらしたら、どうぞ日本のやわらかな、懐かしい春をお迎え下さいますように。
遠い桜の下よりお祈りします。』
*21/03/07*
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