かれこれ15年ほど前、待ち合わせまでの時間つぶしに入った本屋で『She's Rain』(文庫版)をたまたま手に取ったのが「平中悠一」との出会いでした。
河出文庫文芸コレクションと題されたその一群の本は、白地に著者名と作品タイトルだけが印字された、妙に潔い表紙で、カラフルでどぎつい色彩の中でそこだけがうきあがったように見えたものです。その後、再版に伴い、表紙は変わってしまったようですが。
ページを開いた第一印象は「・・・白い・・・」でした(笑)。
斜め読みで内容を確認――のはずが、文体に引きずり込まれ、これはイカン、やられた、KOされてしもたぞ、と思いながら、読んでいたそれと平積みになっている奥の一冊を交換し、レジに運んだのでした。ホントはいけないことなのでしょうが、涼しい文体であるにもかかわらず、私の手と指はほんのりと汗ばんでいたので指の形にページがよれていたのです。それほどのショックだったんだろう、と思います。
文庫であるが故に、たびたびお出かけの友となったその一冊は、度重なる再読と日焼けですっかりくたびれて、薄汚れてしまいました。あのとき、取り替えた意味は今となってはそう大したものではなくなってしまいました。けれど、表紙の潔さと作品の透明度の印象は、当時といささかも変わりません。
平中作品の何にそんなに惹かれるのか。考えてみるといくつかの思い当たるフシがあります。本来ならば作品ごとにテーマもストーリーも作者としてのねらいも違うのだろうから、総括的に述べるのはいささか乱暴かもしれませんが、その一つは物語の純度の高さにあると思います。
それぞれに登場人物がいて、それぞれのエピソードが記されています。けれど、そのエピソードに象徴される、印象的な出来事は誰の身の上にも起こりえる、ある種普遍的な次元に純化されており、そのコトが読者に「私の」物語である、と感じさせるに至っているのではないでしょうか。
また、テーマにかかわらず常に上品な軽さを感じさせる、音楽的な文体も一役買っていると思われます。
これらの要因により、平中作品は非常に透明度の高いモノになっていると考えます。だからもしかすると、平中作品は読む人それぞれによって、感じる色や温度がちがうのかもしれません。
情景の描写が綺麗なこと。ありきたりの街並みが、平中マジックにかかるとキラキラと光るエフェクトをかけたように見えてきます。
もちろん、出てくる女のコがどれもこれもとびっきり「かあいい」こと。男性読者としては垂涎です。
そしてなにより、作品の湿度が絶妙なこと。これについてはうまく云えないのですが。山際でありながら、海も近い、という神戸独特の空気感はやはり大きく影響しているのではないでしょうか。必ずしもhappy endingではないけれど、読後には半分泣きが入ってしまうけれど、それでも、包み込まれ、励まされる気がします。平中作品を読んだ後の私は、きっと泣き笑いのような表情を浮かべているに違いありません。この湿度が「底の方がほんのり暖かい寂しさ」を醸し出しているのだと考えます。そして「底の方がほんのり暖かい寂しさ」は、平中作品を一貫して感じられるものであり、もしかすると平中作品にとって永遠のテーマなのかもしれないと感じます。それがたとえ、『ゴー・ゴー・ガールズ』のようなエンタテインメント色バリバリの一冊であっても。
と、まぁ理屈はこじつけられるけれどつまるところ、新作期待しています、ということなのだけれど。
長くなってしまったのでついでに書くと、私はエッセイも好きです。『シンプルな真実』は名著であると今でも信じて疑いません。今読んでも、ちっとも古くない。『ミラノの犬〜』はいわずもがな。
何かと忙しく、時間的にも金銭的にも雑誌にまでは手が回りません。
いつか、そのうち、雑誌などで発表された作品をひとまとめにして出版して頂けたら、と願います。寄せ鍋やごった煮みたいに、多少、統一感に欠けるモノになってもいいから。
かわらぬご健康と今後のますますのご活躍を心からお祈り申し上げます。冗長なご挨拶になり、申し訳ありませんでした。*2005.5.14*
Mr. K.Hayashi(Favorite doll: 彼女from『4月の海辺へ、ペニィ・ローファー』〜『それでも君を好きになる』収録)
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